フェイスブックとは何だろう(3)〜オーラルスタジオコラム第12回(2011年11月号) [コラム] [コラム]
Facebookのお話の続きです。前回は「近況」といいね!については書きました。ほかに「写真」や「リンク」、「チェックイン」などを利用したコミュニケーションもありますので、今回はそちらを。
Facebookには簡単に写真や動画をアップすることができます。例えばiPhoneや携帯電話に付いているカメラを使ってそのままfacebookにアップしたり、デジカメで撮った写真をSDカードでパソコンに取り込み、そこからアップしたり、あるいは昔の古い写真をスキャナーで取り込んでアップしてみたり・・・いろんな手段があります。
でもそんなことをして何になるのでしょう?・・・なんてことは考えずにとりえずアップしてみると、いろんな反応があってなるほどなあって理解できてくるものです。でもそれじゃ連載が終わってしまうのでもうちょっと詳しく書いてみましょう。
要するに「話しのネタ」なんです。Facebookはそもそも知り合いと会わない時間でもずっと付き合いって行くためのツールといっても過言ではありません。でもそんなこと言われてもそのうち話題が尽きてシラーっとしてしまいますよね。そんな時に話題のネタを落としていくのが写真や動画、リンクやチェックイン(位置情報)というわけなんです。誰かがネタを落として、友だちがそれにコメントする。その連鎖でお互いの会話を繋いで行きましょうって感じです。
写真の登録には主に2つの方法があります。1枚ずつアップしていく方法と、アルバムにして一挙に何枚もアップする方法です。前者はひとつの写真をネタに、いろんな人が絡んでいく楽しみがあります。たとえば散歩中に撮った季節の変わり目を表す1枚の写真を元に、すっかり寒くなったねえ、とかそろそろ秋の準備をしなきゃ、なんてことです。
たくさん写真を撮った場合にはアルバム形式にして一覧で示すこともできます。たとえば紅葉狩りに行ってきましたよ、なんて場合です。アルバム全体に「いいね!」をつけたり、コメントしたりすることもできますし、その中の一枚にコメントすることもできます。
さらに写真には「タグ付け」という機能を利用することもできます。これは写真の中に写っている友だちの顔の部分を特定して、「ここに誰々が写っているよ」とマーキングすることです。それによってマーキングされた人にこの写真が飛んでいって表示されることになります。つまり普通の写真でいう「焼き増し」と同じ機能というわけです。以前でしたら旅行で写した写真を、写っている人の枚数だけ焼き増しして送っていたりしましたが、facebookではこの作業が1クリックでできてしまいます。
同じことが動画でも可能です。最近のデジカメやスマートフォンでは気軽に動画の記録もできますので、以前はビデオカメラで撮影してはDVDに焼いて送る・・・なんて作業が本当に楽になります。遠くに離れた家族や親戚に子どものビデオを送り、みんながそれにコメントするなんて楽しそうですよね。
次に「リンク」という機能について。たとえばインターネット上で見つけた面白ニュースなどのURL(http://から始まるアドレス)を張ってfacebookに投稿すれば、その記事をネタにみんなでワイワイ討論することができます。時事ネタだったり、面白ニュースだったり。あるいはご自分のブログをここで話題にするのもアリでしょう。誰かの近況にリンクを張ってコメントすることも可能です。「こういう情報もあるけどね」みたいな感じで、根拠を提示したディスカッションが可能となります。
最後に「チェックイン」について。これは位置情報をネタにするという機能です。たとえばiPhoneにはGPSがついています。つまりiPhoneのfacebookアプリを使えば、いま自分がどこにいるかという情報を追加しながら投稿することができるわけです。「いまこのレストランで誰々とワインを飲んでいる」なんてネタを、そのお店の位置情報とワインの写真を添付して投稿しておくと、きっといろんな友だちからコメントが殺到するはずです。そのチェックイン情報はお店ごとにまとめられ、もし友だちが後日そのお店に訪れることがあれば、お店に関する情報を一覧で読んだり、さらに詳しい情報を書きこんで行ったりと、ちょっとしたクチコミサイトを作っていく感覚が味わえます。
ということで、今回はネタを落としていく方法あれこれについて解説してみました。今これをお読みいただいているみなさん、ふと目を上げて周囲を見渡してみましょう。知り合いに自慢したいネタがたくさんありませんか?昔ながらの同級生や、最近知り合ったばかりの友だちとそれを肴にゆるーいコミュニケーションを楽しんでみましょう。
歯科メーカーの医院直売はほんとうに実現するのでしょうか。 [ディーラー論]
どちらが正しいかなどといった論点ではなく、なるほどそういう考え方が混在しているのね、という程度で結構ですのでお付き合い下されば幸いです。
元ブログのご本人としては最後の記事で「表現がまずかった、恥ずかしい」とおっしゃってましたので、全文引用を控え、要旨の箇条書きといたしました。また私の文体もそれに合わせてけっこう変えました。ですが内容は同じです。
この記事でほとんど言いたいことを言い切ってますので、長いですがお付き合いください。
他の記事も現在非公開としていますが、時間があれば修正して再アップするかもしれません。
ではさっそく。
(元ブログの主張)
- 材料屋(ディーラー)からモノを買うなら、それらの商品に関する責任はすべて材料屋にある
- 高額な商品をすすめるディーラー営業マンはインセンティブ目当て
- しかし商品や機器に不具合があるとメーカーに責任を押しつける
- それならメーカーから直接買った方がお得
- 直販の方がイザという時に安心だし、安く仕入れられる
「モノを買った場合、その責任はすべて販売業者にある」というのはなかなか刺激的ですが、実際に世の中すべてがそうであるわけではありません。じゃあPL法はなんのためにあるんだって話になってしまいます。
この問題は一概に「こうだ」と言える答があるわけではありません。メーカーとディーラーとの契約内容にもよるでしょうし、歯科医院が欲しいといって始まった商談なのか、ディーラーやメーカーが推薦して販売された商品なのかによっても異なるでしょうし、あるいは他社との競合状況など、さまざまな状況に応じてそれぞれの責任の割り振りがあるのが現実だと思います。
ブログ主さんの言いたいことは「全責任をメーカーに押し付けるな、少しは販売業者としての責任を分担してくれ」ということではないかと想像したのですが違うでしょうか。もしそうだとしたら、それはそのとおりです。けっして購買者の立場を振りかざして責任を押し付けるようなことがあってはなりません。過激な言い切りでなく、そういう表現で問題的をしてくれたら、多くの業界人も頷くことでしょう。
次にこのブログ主の主張である「直販がお得」というテーマに切り込みます。
「そうかもしれんがそうだとばかりは言えない、社会は思ったより複雑」これが僕の感想です。
なんだか漠とした中学校教師の説教みたいで格好悪いですね。
でももう少し書いてみます。
以下は私の提起する直売に対する疑問です。
・ディーラーの業務は経費を掛けるばかりでメーカーや顧客に貢献していないのか
・メーカーの直売はほんとうにメーカーにとっての「お得」になるのか
・メーカーの直売はほんとうに歯科医院にとっての「お得」になるのか
・メーカーが直売すると本当に安くなるのか
(元ブログの主張)
- 材料屋からの販売で多額の手数料を取られているのに(手数料を支払っているのは先生)なぜ不具合が見つかったらメーカーが医院に出向いて謝ることになるのか?
(元ブログの主張)
- ディーラーは単に金さえ入れば良いという無責任な連中
- 何もしないディーラーから買うよりメーカーから直接買った方が絶対にお得
(元ブログの主張)
- 毎日ディーラーを訪問してルート営業に頭を下げるメーカーの営業マン、歯科業界だけの異常
たしかに異常かもしれませんが、日本のあちこちにこの異常な状態が蔓延っています。平日昼間の道路を見渡してみてください。営業車ばかりです。情報と流通の発達した日本で、どうしてあんなに営業車が必要になるのでしょうか?やはり異常なんです。古いシステムをそのまま残してしまったことで、実態にそぐわない滑稽な光景が、大金を掛けて継続されている・・・なにもこの業界だけのことではないのです。これからみんなで変えていければと思います。
(元ブログの主張)
- これからは安く、そしてその商品のスペシャリストであるメーカーからの直接購入を
たとえば先ほど述べた受注や発送機能を十分に備えたメーカーが出現するとか、数軒の歯科医院を集約してきちんとした事務局を備えた歯科医院グループであれば、直売もアリかなと思います。
でも考えてみてください。
メーカーが備える余計な物流部門、歯科医院の事務局、それって名前を変えた「歯科ディーラー」ではないのか?
直売にこだわるあまり、余計な経費を掛けることになってしまえば、それは現状と何も変わらない未来を作ってしまうだけになります。私は間接とか直接という形態にとらわれることなく、本当に合理的、機能的な再構築をみなで考えることで、未来が拓けると考えています。
(元ブログの主張)
- メーカーも、ディーラーの言いなりになるのはやめよう。
同時に、「ディーラーも、メーカーの言いなりになるのはやめよう」と言いたいと思います。
もちろんユーザーの言いなりになるのもよくありません。
それぞれがそれぞれの果たしている役割、果たすべき役割をきちんと理解した上で、対等に話し合い、部分としても、全体としてももっとも良い結果を求めていける業界になることを心から願っています。
今回せっかくこのような問題提起を行なっていただきました。
これを機にあちこちで声が上がり、真剣に話し合い、新しい時代に即した商取引が再構築されるとよいなあと思います。
「ご報告」エントリーを受けて [ディーラー論]
- 2011年5月、歯科メーカー営業マンブログ、スタート。その後順調にディーラーを否定し、直売を推奨
- 歯科企業の団体で話題になり、犯人探しモードに
- 当該ブログはコメントもトラックバックもメールも受け付けず連絡不可
- 2011年9月末、このブログで事実関係および考え方について反論を試みる
- 歯科企業関係者、臨床家よりいくつかのコメントをいただく
- 2011年10月6日、「勝手に転載されていたようです」エントリーにて「勝手に転載されてるようだが、この問題を広めることが目的なので大歓迎」と表明
- 2011年10月7日、「お詫び」エントリーで、問題となり会社に呼び出されたこと、解雇されそうなこと、実は女性であることなどを表明しこれまでの記事をメンバー限定に変更
- 同日朝、本ブログ該当記事も非表示に変更して対応する。
- 2011年10月14日、「ご報告」にて、会社は自分の考えが正しいと評価したが、その手法に誤りがあったとを指摘し、営業から内勤への異動を勧めたが、待遇面で月末に自ら退職することを表明
- 「この業界の商慣習について変革を訴えるブロガーが現れた」ことは歓迎すべき
- ただし指摘している事実の多くが個別の特殊事情では
- 個別の事象を広く一般化し、業態ごと否定するのでは問題解決には繋がらない
- 反論できる手法がないため、元ブログを引用して自分のブログで展開することに
- これを機にメーカー営業との公開ディスカッションになれば業界も前進するかも
- 自分の主張は正しいと会社もお客さんも認めてくれているが
- 表現がまずかったので退職となってしまった
- ”勝手に転載された”ブログのせいで急に大きく拡がってしまった
- 歯科メーカー:直売を訴えた営業はディーラーの圧力でクビになる業界だ
- 歯科ディーラー:メーカー営業はみな陰でディーラーをボロカス批判する業界だ
- 臨床家:歯科器材業界は不透明でお互い対立し、信用に耐えない業界だ
(一時休戦・・・これまでの記事を非公開にしてます) [ディーラー論]
「歯科メーカー営業マンのブログ」についてちょいとコメントしてみる [ディーラー論]
原発事故は公害問題だと思うのだが [日記]
「年金返上証明書」 [日記]
学ぶということは自分の"普通"を変容させること [日記]
二者択一ばかりでなく [日記]
日本の歴史、いまは何期だろ [日記]
「あの日に帰りたい」 [日記]
高分子吸収隊LIVE動画集(2011/08/20 at saha) [音楽]
2011年8月20日に東京のsahaというライブハウスで3バンド出演するパーティを企画・演奏しました。バンド別にYouTubeの動画をこちらにまとめておきますので、よろしければお楽しみください。
最後に出演したのは、高分子吸収隊というおかしな名前のレゲエバンド。1991年に楠本智章(vo)の呼びかけで、木山知春(bass) 、粟津貴昭(gui.)をコアにスタートした高分子は、ドラムの木村さんやブラスセクション、コーラス隊など多様なな熊本音楽人脈を巻き込んだ一大プロジェクトでした。
このたび再起動した高分子には当時コーラス隊だったMicoがドラムスおよび三線プレイヤーとして本格参加、コアの3人に加えて4人のチームを結成。当時演奏した3曲を数回音合せしただけでいきなり本番勝負に出ました。しかも東京で(笑)。でも20年分の思い入れがたっぷり詰まってますのでどうかお楽しいくださいね。
1曲目は「Get up Stand up」。知る人ぞ知る故Bob Marleyの名曲です。民よ今こそ立ち上がれ。本当に2011年の日本にぴったりの曲になってしまいました。
2曲目は「No Woman No Cry」、同じくボブの有名な歌です。イントロと前半はドラムス席を降りたmicoが沖縄土産に買ってきた三線を披露します。そしてボーカルにしてバンマス、そして今回の企画の発案者でもある楠本氏による日本語の歌詞が、いま僕にあの被災地の情景を思い出させます。演奏しながらちょっとキテしまいました。
3曲目、高分子吸収隊ステージの、そしてこのイベントの最後の曲になりました。ジョン・レノン作「Imagine」をレゲエバージョンで。レゲエパンチャーズの上柿方人さんがリズムギターで、ねこまたの西川義昌さんがブルースハープで飛び入り参加してくれて、今回のオールスターキャストでのエンディングとなりました。
ご来場いただいたみなさん、sahaのマスターの角張均さん(演奏後にプロのベースプレイヤーと聞いてビビりました)、スタッフのみなさん、演奏者のみんな、そしてこのページを楽しんでもらったみなさん、僕らオッサンたちの勝手な思い入れに付き合ってくれてどうもありがとう。良かったら今後も一緒にロックしようぜ。
最後にステージ会場になったSAHAのアドレスはこちら→http://www.saha.co.jp/
ねこまたLIVE動画集(2011/08/20 at saha) [音楽]
2011年8月20日に東京のsahaというライブハウスで3バンド出演するパーティを企画・演奏しました。バンド別にYouTubeの動画をこちらにまとめておきますので、よろしければお楽しみください。
レゲエパンチャーズに続いて演奏するのは「ねこまた」。 西川義昌(Gui.,Vo.,B.Harp)+西川卓子(Ds)+私(Bass)の3ピースバンドです。2006年から私が東京にいる間に何度か練習を重ねてきました。すべてオリジナル曲(by Y.Nishikawa)です。
うしろのプロジェクターには歌詞を表示しました。その原稿データを置いときますので、興味のある方はぜひ。
1曲目は「子供の頃は」。古い曲なのですが、いまあらためて歌詞を読むとまるで津波の後の港にたって唄ったかのようです。
2曲目は「ママがいつか」。両親のことを歌っているのだそうです。
3曲目は新曲で「天国の階段」。居直ったり逃げたりばかりの東電幹部に突きつけた歌。
4曲目は「僕たちと君たち」。君は僕、僕は君、そしてみんなひとり。
5曲目は「井戸」。「愛しているのに 傷つけあっている 本当に 小さなこの世界で」。世界は井戸である。
6曲目もコーラスから始める「切符」。この国の切符は捨てて、風に向かって飛んでゆこう。
7曲目、ラストです。「宇宙の海」。ほんの軽い気持ちで、お言葉に甘えて、旅に出よう!
レゲエパンチャーズ・ライブ動画集(2011/08/20 at saha) [音楽]
311以降、列島が右に左に大きく揺れている気がする [日記]
経済を止めるなという思考停止問題。 [日記]
文藝春秋増刊「つなみ 被災地のこども80人の作文集」 2011年 8月号を読んで [日記]
子どもの目線はいつだって強く、澄んでいるのだなと思った。たくさんの動画や写真、記事やツイッターなどから伝わってくるものと根本的に異質なこの感覚は、「情報」とか「テキスト」といった語句では表現しようのないものだ。失敗学の畑村洋太郎氏が「主観的な体験談に勝るレポートはない」と書いていたがまさにそのとおりだ。
それは一方で、いかに自分がヘタレな大人なのかという事実をも認識させてしまう。311の日、東京で地震を体験しながらも、仕事を理由にそのまま九州に戻り、無為な時間を過ごしてしまった。揺れた直後には、何とかして東北にいかねば、などとツイートしてたくせに。1995年の阪神淡路大震災の時も、比較的自由に使える時間を持ちながらも現地に行くこともなく、ただテレビやパソコン通信の画面を眺めて過ごしてしまった。だから今度こそは、なんて思ってたくせなんだかんだと理由をつけて結局2ヶ月も動かなかったのだ。
しかしこの作文集の端々に描かれているのは、直後から現地に入り子どもたちを守りぬいた大人たちと、彼らに対する感謝の気持ちである。それはきっと子どもたちに計り知れない影響を与えることだろう。「自分もいつか困っている人を助ける大人になりたい」と口々に彼らは記しているのだ。さて自分はどうだったのか。
そして希望も。やっぱり次の日本、もしかしたら人類を背負って立つリーダーはここからしか生まれてこないという気がしてくる。この作文集に描かれる、悲しみとともに強さと明るさを持ち合わせる子どもたちの未来。きっと高度成長時代やバブル、その後の長い不況に踊っただけの僕らとは根本的に違うなにかを持っているに違いない。
そんな彼らにただ期待するだけで良いはずがない。いい大人なんだから。
僕らには彼らが今後もすくすくと育っていくための環境づくりを、これからずっと続けていく義務があるはずだ。いや、それは義務ではなく「よろこび」あるいは「希望」と書いてよいのかもしれない。
そんなさまざまな想いを猛烈に脳内に巻き起こす、文集である。
畑村洋太郎「失敗学のすすめ 」を読んで [日記]
著者は現在、原発事故調査委員長なのだそうだ。今回の問題点をしっかり洗い出して構成に知識化していく作業とともに、さらなる失敗学の発展に期待したい。
下記、自分用キーワードメモ。
第3章 失敗情報の伝わり方・伝え方
・失敗情報は伝わりにくく、時間が経つと減衰する
・失敗情報は隠れたがる
・失敗情報は単純化したがる
・失敗情報は変わりたがる
・失敗情報は神話化しやすい
・失敗情報はローカル化しやすい
・客観的失敗情報は役に立たない
・失敗は知識化しなければ伝わらない
・六項目による記述が重要
1)事象,2)経過,3)原因(推定原因),4)対処,5)総括,6)知識化
・決して批判をするな
・「偽ベテラン」
・潜在失敗を含み損として捉える〜経済と失敗
・失敗訓練を組み入れる〜人の心理と失敗
第7章 致命的な失敗をなくす
・技術の成熟と利益追求
・萌芽期→発展期→成熟期→衰退期→破滅期
・成熟期に起こる「作業の単純化」
・「局所最適と全体最悪」
・「封印技術」
・縦割りの弊害
「人の営みを冷たく見る見方からは何も生まれず、暖かく見る見方だけが新しいものを生み、人間の文化を豊かにする。失敗は起こるものと考え、失敗に正しく向き合って次に生かすことが重要で、同じ失敗を繰り返さないためには失敗した当人に優しく接して勇気づけたい、
翻って失敗を無視し、隠し、責任回避するような風土を少しでも改めたい」
フェイスブックとは何だろう(2)〜オーラルスタジオコラム第10回(2011年8月号) [コラム]
さて、先月に引き続きFacebookのお話を。
Facebookを利用するメリットってなんだろうと考えてみました。人それぞれとは思いますが、私の体験を通じて3つ、挙げてみます。
- 同窓会的つながりの愉しみ
- 職種の違う方々のリアルを知る
- 気軽に自分をアピール
ところでFacebookって何をどうするの?って話をまだしていませんでしたね。
まずは無料で自分のアカウントを登録します。その時に出身校から以前の職場、現在の職場、好きな映画や音楽、趣味なんかを可能な限り登録していきます。まるで自分からプライバシーを世間に晒していくかのようです。最初のうちは戸惑うものですが、そのうち曝け出す行為に快感みたいなものすら感じてきたりします(僕だけかな)。
そうしておくと、Facebookが「あなたこの人知り合いでは?」と聞いてくるわけです。
理由は「同じ高校の同じ学年でしたね」とか「あなたのアドレス帳にこの人のメールアドレスがあるんですが」みたいなまるで結婚紹介所のおばさんから来る電話のごとく、です。
そんな感じでお知り合いを見つけたら、その人に「友だちリクエスト」を送信します。しばらくして相手から「お久しぶり〜、Facebook始めたのね」みたいな返信とともにフレンド承認が来ればお二人はFacebook上でも仲良しになれたってわけです。
フレンドになると、その友だちがFacebook上で他に誰と友だちになっているかも知ることができます。けっこうな確率でそこにもあなたの知り合いがいるはずです。では友だち申請を送っておきましょう・・・
そんな繰り返しでFacebook上でも知り合いが繋がっていきます。こういう機能こそがFacebookのキモですから、実名での登録しか許されていません。アイコンの顔写真も自分の顔をしっかり出しておかないと、友だちと再会するチャンスが減ってしまうものです。
さてFacebookでは各個人に「ウォール」という名前の自分の掲示板みたいのが与えられています。これはフレンド同士の交流場所だと考えると分かりやすいです。「今日はこんな本を読んだよ」「いまスカイツリーの下にいる」「いまいるレストランのこの料理(写真)最高」「ああ、暑い、何もやる気しねえ」みたいな「自分発おおぜいの友だち行き」の情報を書き込んでいくのが主な使い方です。プライベートな情報や写真を掲載しても、その都度どこまで公開するかを自分で決定できるので安心です。
そうするとしばらくして「いいね!」なんてマークが押されてたりします。これは友だちがその記事を見て「へぇー、オモロ」なんて考えた足あとみたいなもんです。普通のネット掲示板のようにコメントを書くこともできるのですが、ただ「いいね!」ボタンを押すだけで「同意。」と表現にできるのでもっぱらそんな利用法が流行してます。
あなたも他の誰かが書いた記事にそんな感想を持てたら、「いいね!」を押してみましょう。そうすると記事を書いた友人はちょっと嬉しくなります。もちろんコメントを書くのもよいでしょう。Facebookは特別なソフトを必要としませんのでとりあえずそこにあるパソコンから、あるいはスマートフォンからそんなコミュニケーションを楽しむことができます。
さて前置きが長くなってしまいました。そう、Facebookを利用するメリットでしたね。
こんなゆるやかなやり取りを日常的に繋げていくと、自分の中で不思議な効果が現れてくるものです。だいたい1ヶ月くらいたったあたりでしょうか。ふと気がつけば長らく連絡をとっていなかった友だちと、取引先と、恩師と、なんだかずっと一緒にいるような気分になっていることに気がつくのです。それも携帯電話やメールとは違う、なんだかグループ交際のようなちょっとドキドキして、でも重たくない感じ。彼らの日常を通して世間の動きも見えてくる気がします。自分とは違う日常も同時に体験しているような不思議な快楽。そんな新鮮さや楽しさが世界中の人々を熱中させる要素なのでしょう。
同時に、ふと考えたコト、ひらめいたコト、世間に対してちょっとだけ言いたいコト。そんな自分の感情や意思を気軽に発信できるメディアを手にしていることにも気がつくのです。
それが冒頭に書いたメリット3つ、というわけです。
フェイスブックとは何だろう(1)〜オーラルスタジオコラム第9回(2011年7月号) [コラム]
映画「ソーシャル・ネットワーク」をきっかけに、日本でも一気に話題となっているフェイスブック。すでにご利用の方からアカウントは作ってみたものの、どうやって良いのかさっぱりわからない方、そしてなんだかわからないので近寄らないようにしている方まで。ということで今回はフェイスブック特集です。
かくいう私もアカウントを作って2年ちかく経つわけですが、実際に利用し始めたのは映画を観た後からです。最近ではツイッターと同じくらいの頻度でアクセスしています。まだよく分からないけど、なんか楽しい・・・そんな感じです。
フェイスブックは映画にも描かれていましたが2004年にハーバード大学の学生寮でその産声を上げました。当初は学内の「電子版顔写真入り学生名簿」に過ぎなかったのですが、その後さまざまな機能を追加しながら、他大学や高校生、社会人、そしてアメリカ以外の他国にあっというまに広がったソーシャル・ネットワークです。日本には2008年に上陸、世界中で7億人を超えるユーザーを持つと言われています。
現在、同様のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)としては、mixi(ミクシィ)やツイッターなど多数存在していますが、成長力という側面ではもっとも勢いのあるサービスだと考えられています。
あくまで私の理解なのですが、フェイスブックはそもそも「学校裏サイト」、「プロフサイト」からスタートした、サービスだと思っています。つまり自分で自分の履歴書を作り、広く仲間たちに公開することによって、もっと楽しい生活を実現したり、仕事に活かしたりしようという目的から始まったのではなかろうかと。
卒業後ともクラスメイトとずっと繋がっていたい、遠く離れた親戚の写真がいつでもリアルタイムに見られ、それにコメントを付けたり、といった機能を通じて、まだ親しくない友だちに対して、「この人はこんな人脈を持ち、こんな趣味を持って、こんな考え方をする人なんだなあ」と思ってもらえる、そんなツールではないかと思うのです。さりげない日常をある程度暴露することで、自分という人間をアピールし、理解してもらおう、自分という人間をアピールし、理解してもらおうというそんな動機を持つ人たちが集まっているのかもしれません。
さて紙面が尽きました。さらに細かなおはなしは来月ということで。
東北被災地ボランティア旅行記〜オーラルスタジオコラム第8回(2011年5月号) [コラム]
今回はいつものIT与太話をちょっとお休みし、連休中に体験したことを書きたいと思います。
3.11東日本大震災発生以降、多くの方がそうであるように私も日々さまざまなニュースに接しながら、何もできずイライラするばかりの日々を送ってきました。そんなある日、20年も前に地元で組んでいたバンド仲間から、「宮城へ行くぞ、ついてくるか?」とツイッターで連絡が届きました。もう何も考えずに「いいっすねえ」とリプライを送ってしまった僕。それから準備のための怒涛の日々が過ぎて行きました。そうして連休明けの今、東京に戻ってきました(5/7)。
彼の同級生と3人で東京を出発した僕ら中年ロッカー3人組は、それぞれの支援物資やなぜかギターを積んだクルマで仙台を目指しました。テレビでは「ボランティア渋滞」などが報道されていましたが、新宿から仙台まで340kmをわずか4時間でスムーズに移動。路面のガタ付きは多少感じたものの、渋滞もなくあっさりと予約していたホテルへ。
翌朝、まずは亘理町へと移動。友人の親戚が被災、お焼香させていただくのがこの旅の主目的だったのです。漁師をしていたというおじさんに打ち上げられて廃船予定という彼の漁船、そして自宅のあった場所を案内していただきました。初めて立つ津波被災地。360度見渡す限りの瓦礫、地盤沈下し水没したままの住宅地、各地からの自衛隊車両が整然と走行するなか僕らは彼の奥様に手を合わせ、次の目的地である福島県相馬市へと移動しました。
熊本のNPOが支援しているという地元ボランティア団体と連絡を取り、ゴム長や軍手を調達した僕らはさっそく現場に案内されました。立派な敷地の農家です。周囲の家はすっかり流されたなかで奇跡的に残りながらも床上まで浸水したご自宅はやはり壊すしかない、とのことでしたが、復活のために敷地やビニールハウス内に積もった汚泥を除去するのが僕らの仕事でした。スコップとネコを使って汚泥をちかくの敷地に何度も運びます。一緒に汗を流しているのは全国から集まった若者たち。しかしひときわがっしりとした男たちも見かけます。彼らは避難所から通う被災者でした。わずかな金額の有償ボランティアとして再建に協力している力強い老人たちの明るさとパワーに圧倒される僕ら。
3時間ほどの作業を続けるうちにコツもつかめ、大勢のちからでどんどん元あった地面が顔を出す過程は、日頃パソコンばかりを触っている僕には新鮮ですらありました。相馬といえば福島第一原発からさほど距離もないわけですが、発表されたデータによれば、放射性物質の蓄積は少なく、幸い今日は気持ちのよい北風。みんなとどんどん仲良くなりながら汗を流しました。
お昼は団体の仮設事務所に戻り、団体のキーパーソンから現状を伺う。やはり善いことばかりとは限らず、さまざまな現地の問題点、悩みを聞くことができました。
午後からは違う現場へと移動しこちらでは倒壊した自宅の瓦を再利用する為にトラックに運んだり、瓦礫と化した家財道具を分別したりといった作業に携わりました。家のご主人と息子さんも先頭に立って笑顔で力強く作業を続けるのです。
夕方になり、ある程度めどがついたところでご主人からお礼の言葉が。漁師の親の代からこの地に家を立て、こんど息子に譲ろうと考えていたところで、こんなことになった。一時期はずいぶんと落ち込んでいたが、いま皆さんにこうやって助けていただいたことでまた前に進もうと思えるようになりました、今日は本当にありがとう。最後は男泣きの挨拶でした。
そんな作業に2日間だけですが、携わりました。他のメンバーはもっと長期で現地に入り、仮事務所に寝泊まりしながらあちこちのリクエストに応え続けているとのことでした。学生、自営業者、フリーター、謎だらけの男・・・冗談を言いながらも黙々と作業を続ける彼らを見ていると日本の若者も捨てたもんじゃない、と感じたことも収穫の一つです。
最後にご自身も被災している団体リーダーに相馬の海岸付近を案内してもらう機会に恵まれました。ぜひ写真をたくさん撮って欲しい、そして良いところも悪いところもすべて、できるだけ多くの人に伝えて欲しい、とのメッセージを貰い、僕も覚悟を決めてカメラを構えました。
いくつか写真を掲載しています。岩手県も、宮城県も、ここ福島県も津波の被災地は同じような光景になってしまっています。被災から2ヶ月近く経過してもこの状態であることに戦慄を覚えます。地盤沈下、破壊された堤防、折からの少子高齢化と人口減に加えて原子力発電所からの大量放射性物質という不安の影。本当にどれくらいの期間、費用、人力が必要になるのか想像もつきません。はっきりしていることは日本人全員で取り組まねばならないということ、そしていま自分が住んでいる地域もいつこのような被災地の景色に突然かわるかもしれないという事実です。
ずいぶんと長文になってしまいました。
読んでいただいた皆さんには、被災地への興味を長く持ち続けることが彼らの支援に繋がることを覚えておいてくださればと思います。そしてもしお仕事の都合がつくようでしたら、福島の温泉旅行を企画していただき、そのついでに被災地に赴き、ちょっとしたお手伝いをしたり、支援物資を届けたり、そうでなくても現場の光景を目に焼き付ける機会を作っていただければと思います。
僕らが出逢った被災地の方々もそれを望んでいました。忘れ去られること、終わったことにされることが一番辛い、長期戦になるのは確実だからぜひずっと一緒に戦って欲しいのだと。
読者には実際に被災された方、長くボランティアを続けておられる方も多いと思います。僕のように短い体験で語るのもどうかと思いましたが、このような場をご提供いただきましたので、思い切って書いてみました。ご感想などあればぜひお寄せください。
多くの写真をアップしています。 http://bit.ly/ndsJIB
また10分強の動画も作りました。 http://youtu.be/mQYIcLkWEcQ
お時間のあるときにでもご覧いただければ幸いです。
iPadでどんなアプリを利用しているか〜オーラルスタジオコラム第7回(2011年4月号) [コラム]
なんだかiPadについてばかり書いているようですが・・・小城さんからのリクエストで今回は「どんなアプリを使っているのか?」というお話でも。
以前書きましたように、iPadはもっぱらベッドサイドマシンとして活躍中です。朝晩で2時間以上は寝っ転がってインプットしていると思います。そのインプット方法は主に1.テキスト系 2.画像系 3.音声系に分けることができそうです。
テキスト系〜主に文字を読むためのアプリ
- メール(標準搭載)・・自分へのメールをGmailに全転送して読んだり返事したり
- echofon(有料)・・ツイッターの海を徘徊したまにツイート
- Safari(標準搭載)・・・ほとんどフェイスブックを使うために
- NewsRack(有料)・・・RSSリーダー、毎日200程度のニュースを読む
- i文庫HD(有料)・・・眠れない夜に無料の青空文庫とか
- カレンダー(標準搭載)・・・明日の予定を確認したり、今日の行動記録を
画像系〜写真や動画、あるいはゲームを楽しむためのアプリ
- instagram(無料)・・・知りあいの撮った小粋な写真を眺めていたり
- 写真(標準搭載)・・・眠れない夜に写真で過去を振り返ることも
- TED+SUB(無料)・・・世界トップレベルの短い講演を日本語字幕付きで
- RealRacing(有料)・・・暴走したくなった夜に仮想サーキットを転戦
- ビデオ(標準搭載)・・・iTunesからレンタルビデオをダウンロード鑑賞
- YouTube(標準搭載)・・・眠れない夜に見てはなりません。朝を迎えます。
音声系〜音声を楽しむためのアプリ
- iPod(標準搭載)・・・ほとんどPodcastを聴いてます。毎日10本ほど。
- Top100s(有料)・・・1947年から今年までの米国ヒットチャートを全曲無料で聴ける素晴らしいソフト。聴きたい年を選んでラジオ代わりに。
こうやってまとめてみると自分がいかにiPadに依存した生活をしてるのか、呆れます。
一方、朝はテキスト系が多いです。眠たい目をこじ開けながらメールやツイッター、RSSのニュースなどを追いかけているうちに目が覚めてきます。新聞を読む代わりに毎日1時間ほどベッドでうだうだしています。今日のスケジュールを確認したりしながら、やるべきことが固まってくる貴重な時間です。でもたまに気がついたら二度寝してたりもします。
iPadの良いところは、メールやツイッター、フェイスブックなどからリンクされているインターネットコンテンツにスムーズに移動できることです。たとえばツイッターで話題になっている動画などもクリックひとつで見ることができます。テレビや新聞だとそういうわけにはまいりません。ひとつの情報源からそのルーツを探り、背景を知り、多くの人たちの感想を見聞きし、最後に自分の思いや考えをつぶやく。今までは1日仕事だったそんな作業が10分もあればこの板一枚で完結してしまうのです。そういう作業を通じて私たちは世界とつながり、いま過ごしている日常を理解し、自分のやるべき仕事の意味を感じ取っていくのでしょうね。
iPad2購入前レポート〜オーラルスタジオコラム第6回(2011年3月号) [コラム]
テレビでも報道されているとおり、今月末にはiPad2が出るということで、「iPad2買うのならどのタイプ?」というお話を。
まず、今回の新製品でどこが変わるのかをおさらいしておきましょう。
- より薄く、軽くなった
- カメラが裏表2つ搭載された
- 処理速度が大幅に向上
- 動画処理や楽器演奏などのアプリが可能に
- お風呂のフタみたいのがカバーに
ということで、従来品とのパッと見の差はあまりない感じです(実際に見たわけではありません)。それでも少しでも軽いというのは夜な夜なベッドで抱え上げている僕にとっては朗報です。電子書籍を読みながら寝落ちしても顔面ヒットの打撃が小さくなるからです。
お風呂カバーもいろんな色が楽しそうです。カメラの搭載でじゃあお散歩カメラに使えるのか、と言われたら不審なオジサンあるいは某国のスパイと間違えられる危険性もありそうです。アップルとしては「フェイスタイム」というテレビ電話システムを使ってほしいようですね。たとえば遠隔地の実家と孫を交えて週一の会話、なんてことに使えるのでしょう。しかしむしろ遠距離恋愛等で活躍しそうな気がします。以下自粛。
ということで、iPad2、なかなか良さそうです。では自分にはどのタイプが良いのかという問題。
まず大きく分けてWi-FiモデルとWi-Fi+3Gモデルの2タイプがあります。
それは通信方法の違いです。Wi-Fiは「わいふぁい」と読みます。無線LAN(ラン)とほとんど同じ意味と思って差しつかえないです。無線RUNと書くとなんだか忙しそうなイメージになります。3Gというのは携帯電話回線のことです。第三世代の頭文字で「スリージー」。どうしてもっと普通に「無線LANモデル」「携帯電波モデル」と書いてくれないのか不思議です。
Wi-Fiモデルはあらかじめ無線LANを設置した場所でのみインターネットに接続できます。メールやツイッター、最近はやりのフェイスブックなどはネットに繋げないと何もできないアプリです。一方でカレンダーや写真アプリ、多くのゲームなどは必ずしもネット接続は不要ですから無線LANが届いていない場所でも利用できます。このモデルは本体を購入した後には回線料などは掛かりません。ランニングコストはほぼゼロです。
Wi-Fi+3Gモデルはそれに加えてソフトバンクの携帯電波でネットに繋ぎましょうということです。つまり「音声電話のできないデカイiPhone」ということになります。iPhoneが使える場所でならどこでもインターネットを使ったアプリを使うことが可能になるわけです。そのかわり毎月、携帯電話と同じように回線使用料がかかります(この原稿書いている時点ではまだ値段は発表されていません)。
さてどちらがご自身に向いているのでしょう。以下の考えをご参考にしていただければ幸いです。
<Wi-Fiモデル>
歯科医院の中でだけ使う場合、たとえば患者説明や受付の業務用、技工室や医局での利用などがメインの場合。あるいは院内で患者さんに貸与する場合など。
<Wi-Fi+3Gモデル>
院長が自宅や出張先(セミナー受講から海外出張まで)に持ち歩きたい場合。あるいは勤務医さんやスタッフさんが勤務先でネット端末を使いたくともWi-Fiが設置されていない場合など。
あとは保存容量を選ぶだけです。近ごろのアプリはサイズも大きいですし、レンタルで映画を観ることができたりしますので、大きいに越したことがありません。お財布との相談となります。でも基本的にはネットをフル活用すれば手元にそんなに多くのファイルを保存する必要は無くなるものです。最初は小さなタイプから始めて足りなくなってからネットのさらなる活用を模索したほうが良いような気もしています。
ということで購入前のレポートでした。入手後はまたあらためて書きたいと思います。
iPadでもアウトプットはできるのだ〜オーラルスタジオコラム第5回(2011年2月号) [コラム]
さて、今回はiPadをアウトプットマシンとして捉えてみようと思います。
ここでいうアウトプットとは、使う人が何らかの情報を外に向けて発信するという意味です(機器からみたらインプットですね)。パソコンの場合はキーボードとマウスを使って主に文字をタイプすることになるわけですが、この1枚モノiPadの場合は、画面を指でペシペシとタップすることになります。
実際のところそれは使いやすいのか・・・「できればキーボードを叩きまくりたい」というのが私の正直な感想です。ところが同じくiPadを愛用している妻に言わせると「え?なんで?ぜんぜん問題ないよ」との返事。じっと彼女の使い方を眺めていたらなるほどそうかと合点しました。
【iPadは二本指タップが最適】
ずいぶん以前に十本指すべてを使う華麗なタッチタイピング法を習得して以来、私はギターの速弾きのごとくそのタイプスピードに命を燃やしている人間ですが、妻は頑として二本指(つまり両手人差し指)のみを多用するタイプ。北斗の拳みたいな感じですね。たしかに指の数を減らしたほうが快適にタップできるというのは事実でした。全部の指を使うと打鍵感覚がない分、とても不自然で慣れません。あちょーって発声しながら打つともっと素早く入力できます。
【本格的な文書作成には向かない】
ではそれですべてが解決したか。というわけでもありません。たとえば、ネットで調べものをし、その一部を切り貼りしてメールに貼り付けて送る。表計算シートの一部をPDF変換してメールに添付して送付する。デスクトップでは日常的な作業を、iPadだけでやろうとするとこれは「苦行」になります。ていうかほとんど無理です。
【同時並行的な仕事の進め方はできない】
それはiPadは一度にひとつの仕事しかできない(させない)という基本思想で作られたものだからです。つまり机の上にたくさんの書類を広げて、あちこち参照引用したしながら仕事を進めていく、とかたくさんの仕事を同時並行的に進めていく、というスタイルの仕事には基本的に向いていないというわけです。
今回はiPadに本格的アウトプットマシンではない、というお話をしました。「できないこともないけど、向かない」という感じです。
それでも僕も妻も朝起きてから寝るまでほとんどずっとそれぞれのiPadにべったりの毎日です(深読みしないでください)。なんでかといえば、実は仕事以外でそんな面倒くさい文書を作成することはほとんどないのが現実なのですね。メールやTwitter、facebookくらいならiPadでも十分すぎるほどアウトプットできています。お仕事で使おうという人も、たとえば出先でのメールの返事や簡単な報告書とかならまったく問題なく使えるはずです。
それと最後にもうひとつ。いつも同じ環境ばかりで仕事していると煮詰まってしまうこともあります。たまにはiPadを小脇に抱えてスタバで企画書書いてみる。ちょっとおしゃれな気分で。それだけで今までにないテイストの企画が浮かんだりするものなのです。僕ら夫婦もますますそれぞれのiPadを手離せません(深読みしないでください)。
以上
iPadはベストインプットマシンである(2)オーラルスタジオコラム第4回(2011年1月号) [コラム]
iPad(に限らず、これからどんどん出てくるタブレット型情報端末)がインプットに向いているのはなぜか。
ちょっと考えてみました。
- 使う人間の姿勢
- 使う人間との距離
- 適切な大きさ
- 動作のスムーズさ
- 利用の際の気軽さ
以上5つの条件がうまくバランスされていることで私は毎朝の情報収集がクセになったのではないかということです。
もう少し詳しく書けば、机に座り直さなくても寝っころがりながら、顔面の直前までディスプレイを近づければまるで映画を観るような迫力で様々な種類のサービスが一瞬で立ち上がりストレスなく動作し、家中どこへでも持ち歩きながらもLANや電源のケーブルを引きずることなく、また落としたりしてもデータを失う心配もせずに気軽に利用できる、これまでになかったデバイス、なのです。
ひとつひとつの機能を取り上げていけば、従来の紙であったりパソコンであったりテレビやラジオよりも優れているというわけではありません。むしろ機能の多くはばっさり省かれていたりしますので、これさえあればもう何も要らない、ということはありません。目的に応じて多様な機器を使い分けることが現代人の素養と言われるようになるのかもしれません。その意味でiPadが提示したことは「スペックよりもユーザーとの距離感」という考えだったのかもしれませんね。
デジタル製品の常で、いったん購入したiPadも日々ソフトが進化し、新しいアプリやサービスがどんどんデビューしています。あとしばらくはこのマシンで毎日の生活に刺激を持ち込むことができそうです。5万円程度の出費ですので、まだお持ちでない方は手に入れてみてはどうでしょう。2011年はアップル以外の各社からさまざまなタブレット情報端末が発売されるようですので、選択肢も広がりそうです。
次回はiPadをアウトプットマシンとして捉えてみようと思います。
iPadはベストインプットマシンである(1)オーラルスタジオコラム第3回(2010年12月号) [コラム]
さて今回で3回目となるこのコラム。今回は話題のアップル社「アイパッド」を取り上げてみようと思います。
日本での発売が今年の5月末でしたのでそろそろ半年。私も発売直後に購入しどんな使い方ができるのか日々挑戦を繰り返してきてまいりました(いや誰からも頼まれていないのですが)。そんな私の結論は、「iPadはベスト・インプット・マシンである」。
ここでいうインプットとは、自分の脳に何らかの情報を仕入れる、という意味です。
インターネットや書籍、音楽や映画を体験するということは、視覚や聴覚などの五感を通じてさまざまな情報を入れ込むことだと言い換えられるはずです。iPadを手にして半年、今までに比べると格段にそのインプットを増やすことができているように感じているのです。
新聞やテレビ・ラジオなどのマスメディアが提供する情報のほとんどはインターネットを経由してこのiPadで閲覧購読することができます。CDやDVDで提供されている音楽や映画もそうです。あるいはプロの手によらない情報、すなわちメールやツイッターなど、素人同士の情報交換も同じこのiPadで同じように仕入れることができます。
そんなこと今までのパソコンでもできたし、別にテレビや紙、DVDのままでもいいんじゃないの、という声が聞こえてきそうです。確かにそのとおりです。しかし「1枚モノの板でさまざまな情報に一度にアクセスできる」という快感は今までにない特別な感覚をもつのです。
前回書きましたような、まだ暗い朝に布団の中でポッドキャストのニュースを聴きながら最新のニュースヘッドラインにRSSで目を通し、気になるキーワードをウィキペディアで検索するなんてことは、このタブレットを持たなかったらおそらくやらなかったことです。「さあ、最新情報を仕入れるぞ」なんて意気込んで机に座り、新聞を広げながらパソコンの画面を追いかける、なんてよほど学生時代に予習復習を欠かさなかった優等生キャラでも無い限り、毎日続けられることでもないでしょうし、そのことにあまり意味も無いような気がします。iPadを手に入れたことで、そういう情報のインプットが楽しく、楽になったということで、世間の動きを追いかけ、自分の考えを新たにするという作業が楽しくなってきたのではないかなと思っています。
(つづく)
デジタル機器インまいらいふ(2)オーラルスタジオコラム第2回(2010年11月号) [コラム]
外に出て景色を眺めながら歩きつつも、両耳に装着したイヤフォンからはPodcast番組が流れています。ラジオ局のニュース番組ダイジェストやBBCやCNNのニュースなどの音声が無料で提供されていますので、それらを毎日ダウンロードしては面白いところだけ聴いていくのが楽しみのひとつ。歩きながらたまには、Twitterに思いついた事や考えたことなんかを呟いたりもしながら。
我がアジトへ戻るとそろそろ仕事をしなければなりません。MacBookというノートパソコンを開いて届いていたメールに返事を書いたり、急いで対処すべきできごとがあればとりえずやっつけてしまいます。
日々の予定はカレンダーソフトですべて管理していますが、データはすべてクラウド経由でiPhone、iPadと相互に同期され、同時にGoogleカレンダー経由で熊本にいる妻にも共有しています。
メール作業と同時にFAXにも目を通します。ここには固定電話やFAXは置いていません。熊本に届いているFAXをインターネット経由で遠隔操作しているのです。Dropboxというクラウドサービスのおかげで、熊本のオフィスにあるPC内のファイルはすべてほぼ同時に私のMacBookと自動同期されているというしくみです。
お昼は取引先とランチの予定、iPhoneとiPadだけをカバンに入れて身軽にお出かけです。商談はあらかじめiPadに入れておいたプレゼンファイルを利用してビジュアルに。必要なときにはモバイルWiFiルータを起動してインターネットへ接続すれば、DropBox経由で自分のファイルをいくらでも呼び出せるので想定外の質問にも自在に対処できます。
取引先が帰ったあともちょっと残って仕事を片付けることがあります。商談記録を書いたり、今書いているこんな原稿を書いたりです。モバイルキーボードを取り出し、iPadに無線で接続して長文を入力。
メモ作業にはEvernoteサービスが活躍しています。これはインターネット上に簡単にメモを残せるサービスで、いったん書いた文書はいつでもどこでも違うPCや携帯端末から閲覧修正が可能という優れたサービス。バックアップの必要も無いので安心気軽なのです。
さてコーヒー片手にひと息つきたくなってきました。朝から液晶画面とにらめっこで目も疲れています。たまには紙の本でも、と言いたいところですがここはあえてAmazonのKindleを取り出すわけです。自炊しておいた新書や契約している新聞をe-inkの美しいモノクロ画面で紙と同じような感覚で文字を追っかけて・・・
そろそろオフィスに戻り、企画やサーバー管理の仕事をパソコンの前で一気に片付けよう。やはり本格的な作業や同時にいくつもの書類を開いての仕事にはまだまだパソコンが便利なようです。でもiPadは音楽再生機として活躍を続けています・・・
いかがでしたでしょうか?毎朝繰り返されているわたしの日常です。案外普通じゃないか、と感じる方もいれば、何を言ってるんだかさっぱりわからん、という方もおられると思います。今後しばらく上記に出したいくつかのキーワードについてご説明しながら、近ごろ流行のデジタル生活について、軽くお話していきたいと思います。
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iPad |
アイパッド |
アップル製のタブレット型携帯ネット端末 |
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ツイッター |
リアルタイムに発信できるミニブログ |
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USTREAM |
ユーストリーム |
誰もが無料で配信できる生放送テレビサービス |
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RSS |
アールエスエス |
登録しておいたブログやニュースで更新されたヘッドラインだけを配信してくれるサービス |
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Podcast |
ポッドキャスト |
音声版RSS。ラジオや個人の音声を無料配信 |
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クラウド |
くらうど |
雲の意。どこかにあるインターネットサーバーを手元の機器のように自由に使えるサービスの総称 |
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iPhone |
アイフォーン |
アップル製の多機能携帯電話 |
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Dropbox |
ドロップボックス |
クラウドの一種で、パソコンのファイル類を自動的にネットにバックアップ、どこからでも閲覧同期を可能とするサービス |
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モバイルWiFiルータ |
(わいふぁい) |
携帯の一種で、どこでも無線インターネットを可能にしてしまう機器 |
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Evernote |
エバーノート |
クラウドの一種、ほとんどのネット端末で自分の残したメモや写真などの記録を共有できる外部脳サービス |
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Kindle |
キンドル |
アマゾン製の電子書籍端末。e-インクという特殊な電子インクを用いネットからいつでも書籍を購入できる |
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自炊 |
じすい |
電子書籍化されない紙の書籍などを自分でスキャンし、PDFなどのファイルでiPadやKindleなどの端末で読めるようにすること(暗語) |
詳細については次回以降をお楽しみに!
デジタル機器インまいらいふ(1)オーラルスタジオコラム第1回(2010年10月号) [コラム]
(オーラルスタジオさんのマンスリーレポートにコラムを掲載してもらってます。バックアップ用にこのブログにも載せておきます。歯科臨床家向けのデジタル関係お気軽コラムって感じです。)
はじめまして。このたびオーラルスタジオ・マンスリーレポートにてコラムを連載することになりました粟津貴昭と申します。
1965年生まれの45歳、歯科業界にお世話になりはや20数年、5年ほど前に販売業を卒業、現在はアワデントという小さな会社を切り盛りしながらで臨床セミナーのお手伝いや、歯科関連企業への情報支援などを行っています。デンタルアローの小城社長とは同じ歯科関係のインターネット業ということで、ここ数年にわたって情報交換してまいりました。このたびマンスリーレポートの発刊にあたり、コラムに連載しませんか、との打診をいただきつい「よろこんで!」と返事してしまいました。
「デジタルガジェットやネットサービスなんかいかがですか」とのお言葉に甘えさせていただき、少し趣味的な、でもおそらく興味のある方にはお役にたてるような、そんなコラムをしばらく書いていきたいと思います。どうかしばらくお付き合いのほどよろしくおねがいします。
さて第1回ですが、まずは私の日常生活の中にどのようなかたちでデジタル機器が入り込んできているか、というお話をしたいと思います。
ここ数年は、朝起きてからランチまでのあいだにたくさんのデジタルおもちゃ(ガジェット)と付き合っているわけですが、その一部をご披露させていただき、しばし呆れていただこうと思います。そしてその文中に出てくる見慣れぬキーワードについて、ご紹介していこうと考えています。
場所は東京都文京区湯島の古いアパート。実は熊本の自宅とは別にここにも部屋を借りているのです(家庭は一つです)。東京出張中のホテル代が惜しくなり、今年の春から月のうち半分程度住んでいます(一人暮らしです、しつこくてすみません)。
ここではたいてい早朝に目を覚まします。東向きの窓から差し込む強烈な朝日が目覚ましがわりです(ここまではアナログです)。自宅であればまずテレビのスイッチを入れ、新聞を開いてお茶でもすすり始めることでしょう。しかしここにはテレビ・新聞はなく、だれもお茶を入れてくれたりはしません(本当です)。
ベッドから出る前にやること、それはまず枕元に転がっているiPadをまさぐり出してONにすることです。一瞬で起動したらMailのアイコンをタップし、寝ている間に届いていたメールを軽くチェック、ざっと読みこなします。
次にTwitterアプリを起動し、これまた寝ている間に呟かれた発言をざっくり遡ります。重要なニュースなどはたいてい誰かがリツイートしてくれてたりしますので、そのリンク先を辿って新聞社のページや個人のブログに目を通します。自分あての発言があれば、ささっとリプライしておきます。USTREAM放送中に発言されたツイートを見て面白そうだったらそのまま生放送や録画に見入ってしまうこともしばしば。
最後はRSSリーダーアプリを起動し、未読のフィードを一覧表示してヘッドラインをチェック。歯科関係のニュースやブログ、IT関係のニュース、趣味の音楽やF1情報なども。面白い記事を見つけたらTwitterにリンクを投稿し、コメント付きでフォロワーさんに紹介するのも楽しみの一つとなります。
さて、すっかり日が上り、iPadを掲げた腕も痺れてきました。もう1時間近くもこうしていたことになります。これにて朝のインプット作業は終了、ベッドから這い出し、朝の散歩へ。
(続く)







この本が優れているのは、反原発の活動家による告発ではないことである。たぶん僕と同じようなノンポリ青年がまるでインドの貧困を現地取材するようなタッチで、外から見ればあまりに異常な日常を淡々と描くところである。
だからこそ読者はそんな日記の描き出す原子力発電所という常軌を逸した世界を理解することができる。
21世紀に入っての原発事情はここに描かれた世界とは少しは改善されていたのだろうか。それは分からない。だが著者はあとがきで、311以降の福島原発ではさらに悲惨な状況が続いているはずだと訴えている。
詳しくは書かれていないがこの本を書いた後の著者の体も蝕まれ苦しんでいるようだ。
「311以前の日本に戻ることができたらいいのになあ」なんて考えてた自分を恥じる。なんのことはない、放射能まみれの世界はずっと続いてきていたのだ。爆発して広範囲に拡がっただけのことだったのだ。
もうひとつ。僕は地震と津波で破壊されるまで原発で行われている実態に気づかなかった。むしろ未来のエネルギーだと賞賛さえしていた。しかしそれは日雇い労働者たちの酷い現実によって支えられていたものだった。だとすれば今まさに僕らが賞賛しているテクノロジーだって実はそうなのかもしれない。
今度こそはそれが次なる災厄に至る前に知りたいし、知るべきなのだという思いにかられる。